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神話の続きが生きるまち

神話の続きが生きるまち

島根県出雲地方の伝説、須佐之男命が八岐大蛇を退治して姫を助けたお話。実はこのお話には疑きがあるんです。
退治されたはすの大蛇の一匹、命からがら逃げてきて、吉賀町の小さな池に住みつきました。
天変地異を起こして里の民を苦しめる大蛇。そこで、吉賀町の勇敢なつわものが大蛇を退治、里の民を救ったと云われています。大蛇の頭は、九郎原という地区の三宮神社に、ご神体として今も祀られています。大蛇がいたその池は「大蛇ヶ池」と呼ばれ、樹齢千年と云われる大きな杉の根元に湧き出ています。ここが高津川の水源、大河の生まれるところなのです。

清流「高津川」の恵み

 総延長81km(吉賀町、津和野町を通って益田市から日本海に注ぐ高津川。清流日本一に何度も輝き、支流を含めてダムがひとつもない一級河川は、全国唯一です。
鮎やツガニ、ヤマメ、オヤニラミ、ゴギなど、希少な生き物たちゃ、豊かな農産物を育んでいます。
現在、水源は公園になっていて、毎年6月には雨乞い神事に由来する「水源祭り」が関催されています。藁で編んだ大蛇を担いだ男衆が、池に飛び込んで雨を願う勇壮な祭りには、毎年多くのお客様が訪れています。

吉買町の名前の由来

第42代天皇「文武天皇」の畤代、九州の筑紫、今の福岡でとんでもない鹿が暴れていました。
その姿は、足が8本、角が8又、1尺あまりの赤毛に覆われており、「ハ久呂鹿(やくろじか)」と呼ばれていました。この悪い鹿、竜の様に空を飛ぴ、虎の様に地を駆け、人々や家畜を襲ってやりたい放題。
見かねた天皇の命により、「藤原為実」「蔵原為方」は、北面の武士「江熊太郎」を連れ、鹿退治に出かけます。
鹿は小倉から山口県の防長へ渡り、鹿野を通って吉買町の大岡山に居ついていました。
江熊太郎は見事、鹿を退治しますが、竜に姿を替えた鹿が吐き出した毒に死んでしまいます。里の民たちは、勇敢な江熊太郞を荒神明神として、立戸の金五郞岩に祀り、さらに自分たちを苦しめた鹿をも哀れんで、奇鹿神社に祀りました。
以来、この地は、悪い鹿が良い鹿になるように、よいしか→よしかと呼ばれるようになった、ということです。
この伝説は神楽の演目にもなっていて、様々な舞台で舞われています。

吉賀町観光協会
島根県鹿足郡吉賀町六日市389-6
TEL.080-2922-1506
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各種観光振興事業

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